さぽカフェ~共育を考える第2章~市民記者レポート

6月19日(金)10:00から、さぽらんてにて『さぽカフェ~共育を考える 第2章』が開かれました。(共育とは、学校・家庭・地域社会が連携し、子どもたちが地域と共に生きる力と豊かな心を育むことです)
参加者は、前回に引き続き、市協働推進課の方をはじめ、「山口市子ども会育成連絡協議会」「やまぐち路傍塾」「山口子育てねっとめぶき」「キッズクラブ ふぁいと!」「CAP西京」の団体関係者と、今回新たに「特定非営利活動法人あっと」にも加わっていただきました。

前回、学童期(…だけに限りませんが)の子どもたちについて、安心して過ごせる居場所の減少や、学童保育の実態(家庭的ではなく機能重視)などの課題が挙げられました。そんな子どもたちに大人が出来ることは何か…①子どもの居場所=子どもが子どもらしく『コドモジカン』を過ごせる場所にはどこがふさわしいか。②そういった場所を有効利用するためにはどうあるべきか…ワークを行いました。結果、①様々な場所が挙げられましたが、共通するのは『地域』の中で『自然』を感じながら過ごして欲しいという思いでした。では、その思いを実現可能にするにはどうあるべきか②さまざまな公的機関や団体と連携・協力しつつ、かつ自主的な組織であることが望ましいとの考えが多く挙げられていました。

本日は前回までを振り返りながら、さらに深く、なぜ子どもたちの居場所が減ったのか、なぜ子どもたちが自由に遊べなくなったのかを考えていきました。
一つに人的要因として、・大人サイドの問題(大人の価値観の変化・生活環境の変化)や・子ども自身の問題(ゲームやスマホの増加、体験不足など)、また社会的要因として、・自然環境の変化や・犯罪被害の増加・リスク回避のためのルールの厳格化などさまざまな意見が挙げられました。このワークを通して、多くはうんうんと頷いて聞いていましたが、みんながハッとした意見ありました。
『そもそも自由に…と言われても困る…』
これは参加者の一人が、お子さんと自由に遊ぶことについて会話したときのお子さんの言葉だそうです。ちょっとどよめきが起きましたが、改めて考えるとそうかも…?と思わされる言葉…。自由って何?

遊べなくなった理由にはさまざまな要因があることが分かりましたが、子どもたちが自由に出来なくなった理由は…何か。
自由って、正解の答えが一つではないということ。1+1が2ではないということ。無いものから工夫して創り上げていくことだと私は思います。娘の通う幼稚園のスタッフさんが、森の中で遊んでいる子どもたちの世界はすごいですよと言われてました。1本の木の枝が釣竿にもほうきにも魔法のステッキにも変化する。幼稚園に通うようになり、娘は、持っている能力を最大限に使おうとする強さを見せてくれます。親としては手を貸したくなったり、口を挟みたくなる場面も多々あるのですが…。子どもの中にある想像力が創造力につながっているような気がします。
いろいろな要因から、子どもたちは限られた場所、時間で過ごすことが多くなり、限られた大人との関わりしか持てなくなっているのも、自由を知らなくなった一つなのかもしれません。そんな中でいかに体験を積み、心豊かに過ごせるようするか。子どもたちが人間関係を学べる場の提供するためには、大人の意識改革、トラブルにも上手く対応出来る大人・指導者の育成が必要である…。

今回のさぽカフェでは子どもを取り巻く大人のあり方について学ぶことが出来ました。
日本人は人前で、自信を持って我が子を褒められないひとが多いそうです。自分の住む地域が、我が子に限らず、自信を持って褒められる子どもたちが育まれる地域になるといいですね。

                   (市民記者 弘谷)

さぽカフェの様子です1さぽカフェの様子です2